『北極探検隊の謎を追って』読後感は上質なミステリー小説

1897年に気球での北極横断を試みた末に全滅したアンドレー北極探検隊。隊員の死の謎に魅せられた著者は、独自の調査研究を進め、その死因について再検証を試みます。

この全滅したアンドレー北極探検隊の話は世界中で有名で、1980年代までは「隊員はホッキョクグマの肉を食べて『旋毛虫』の感染を受け、全身衰弱、肺炎、心臓障害を起こして死亡した」とされてきました。ひとむかし前の寄生虫読み物にもよく書かれているエピソードです。

旋毛虫というのは、ヒトをはじめとして、クマ、ブタ、イノシシ、ネズミなどに寄生する旋毛虫科の線形動物です。成虫は宿主の小腸に寄生して幼虫を産み(卵胎生です)、その幼虫が筋肉に移動します。ヒトには、ほかの動物と同様に、旋毛虫をもっている獣の肉を生で食べることで感染し、おもに幼虫が筋肉に移行する際に、強烈な筋肉痛・摂食障害・呼吸障害・全身の浮腫・心不全・肺炎といった症状が起きます(これを「旋毛虫症」といいます)。

旋毛虫は古くから肉食文化のある欧米で多い寄生虫ですが、日本にもいて、過去にはクマの生肉を食べた人たちの間で旋毛虫症の集団発生が起きています。旋毛虫にかぎらず多くの寄生虫が生肉を食べることで感染することを考えれば、鳥や獣の肉を生で食べるということは、極力避けるべきです。少しお高めの創作居酒屋などで「生食用の肉だから安心です」と出てくることがありますが、私は食べません。

さて、医師でもある本書の著者は、調査の結果、この怖い旋毛虫が隊員たちの直接の死因ではないだろうと結論づけます。では、考えられる「12の仮説」のうち死因としてもっとも可能性が高いのは――という話。

著者が独自の調査研究で探検隊の死の謎を解き明かしていく様が鮮やかで、読み始めるとページをめくる手が止まらなくなります。サイエンスノンフィクションなのですが、読後感はミステリー小説に近いですね。旧ソ連のウラル山脈で起きた遭難事故の謎を追った『死に山 世界一不気味な遭難事故《ディアトロフ峠事件》の真相』(河出書房新社)とテイストが似ていて、『死に山』を楽しめたという人には特におすすめできる一冊です。

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