
ミツバチはダンスを踊って仲間に餌場の方向と距離を伝える――高校の生物の教科書で比較的詳しく扱われるこの生命現象を、記憶にとどめている人は多いのではないか。餌場を見つけて巣に帰ったミツバチは、餌場が近ければ「円舞」を、遠ければ8の字を描く「尻振りダンス」をする。後者では巣の鉛直上方(重力に逆らう方向)を太陽の向きに見立て、ダンスの直進部分がその太陽に対してどれだけ傾いているかで餌場の方向を、尻を振る時間で距離を仲間に伝える。
この高度な情報伝達能力に、「ハチってやつはなかなか優れた生き物だ」と感心した人は少なくないはずだ。しかしそれも、「微小な脳しかもたない昆虫にしては」という前提付きであって、ハチを「本能に従って反射で動く自動機械(オートマトン)のようなもの」と見なしている人が大半であろう。もしあなたがそうなら、本書のよい読者になれる。
著者のラース・チットカは、ミツバチのダンスの意味や紫外線の知覚能力を明らかにした動物行動学者カール・フォン・フリッシュ(1973年、ニコ・ティンバーゲン、コンラート・ローレンツと共にノーベル生理学・医学賞を受賞)の曾孫弟子にあたる研究者である。現代のハチの認知研究の最前線にいる彼が紹介するのは、ハチという生き物に魅入られた五十人を超える研究者たちと、創意工夫の凝らされた実験の数々。それらが示すのは、ハチは決して自動機械などではなく、世界を認識し、記憶やイメージ(内的表象)をもち、自らの行動の結果を理解し、さらには苦痛や情動を脳に生成している――つまり、ハチには意識のようなものがあり、「1匹1匹が心(mind)をもつ」ということだ。
ゴマ粒よりも小さな脳に「意識」が宿ることなど本当にあり得るのか? 最初のうちあなたは、ハチの研究に人生の大半をささげた著者が、ハチへの愛ゆえに事実を誇張しているではないか、と疑うかもしれない。しかし、科学によって品質と公正さを保証された実験とその結果が次々と示されていく。本書を読み終える頃には、ハチを自動機械のように見なしていたあなたも、「ハチには心がある」とためらいなく口にできるようになっているだろう。本書にはそれだけの冷静さと客観性、つまり説得力がある。
本書は、科学実験がいかにクリエーティブな営みであるかを知れる一冊でもある。一部専門的な内容も含まれるが、科学研究に関心がある中高生・大学生にもぜひ読んでいただきたい。(2025年3月26日:大谷智通・サイエンスライター)
※本書評を改稿・編集したものを共同通信に寄稿しました。

![ハチは心をもっている 1匹が秘める驚異の知性、そして意識 [ ラース・チットカ ]](https://thumbnail.image.rakuten.co.jp/@0_mall/book/cabinet/7679/9784622097679_1_4.jpg?_ex=128x128)


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